第20回定期演奏会

日時: 2026年9月23日 (水・祝) 開場 13:00 / 開演 13:30

会場: ミューザ川崎 シンフォニーホール

ヴァイオリン: 瀬﨑明日香

指揮: 柳橋明徳


ごあいさつ

本日はご来場、誠にありがとうございます。

20年間にわたり、年一度の定期演奏会を、主に東京都西エリアで続けてきた私共にとって、今回は過去一の規模と知名度と言える会場で記念すべき20回目を開催出来る、ご褒美のような機会を頂きました。

そして縁あって、瀬﨑明日香さんという、国内外で素晴らしいご活躍をされておられる方に協奏曲を演奏して頂ける得難い機会も頂きました。

長年、様々に支えて下さった多くの方々にも、団員一同、改めて心から御礼を申し上げます。

私共の「なごみ管弦楽団」という名称は、プログラムのメンバー表に「名誉団員」として紹介している、今は亡きクラリネットメンバーの山内響子さんが考えてくれたもので、同時に、「名曲を楽しく演奏したい」というコンセプトも、山内さんはいつも口にしていました。シンプルかつ、とても難しい意義ですが、これからも初心を忘れず、続けていきたいと思います。

今後も機会がございましたら、ご支援をよろしくお 願い申し上げます。

なごみ管弦楽団 団長 宮澤春樹

「名曲をたのしく、なごやかに」—今回の定期演奏会は、20回の節目となりました。これまでの応援に感謝を込め、皆様に心から楽しんでいただける、特別なプログラムをご用意しました。

幕開けを飾るのは、ベートーヴェンの「献堂式」序曲。晴れやかで力強い一曲です。続くサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番では、国内外で活躍する瀬﨑明日香さんをソリストにお迎えし、情熱と気品を兼ね備えた音楽世界へと皆さまを誘います。後半は、チャイコフスキーの交響曲第5番。苦悩から希望へと向かう壮大なドラマをお届けします。

そしてこの節目を迎えるにあたり、団を支えてきてくれた仲間への思いも、改めて胸に浮かびます。結成当初は十数名だった団員が、私が途中から事務局長を引き継いだ後も少しずつ増え、今では多くの方が運営や練習に力を寄せてくれるようになりました。音楽への情熱を共有し、互いを信頼しながら一つの舞台をつくり上げていく—その過程は、私たちにとって何よりの喜びです。今日の演奏会は、そうした仲間とともに皆様の前に立てることへの感謝も込めた公演です。音楽が持つ力を、より多くの方と分かち合いたい。 そんな思いを込めた記念公演を、どうぞ最後までお楽しみください。

なごみ管弦楽団 事務局長 稲垣 聡


ソリスト紹介

ヴァイオリン 瀬﨑明日香

東京藝術大学附属音楽高等学校を経て同大学を首席卒業。パリ 国立高等音楽院最終課程ヴァイオリン科、室内楽科修了。第5 回宝塚ベガコンクール第1位。第64回日本音楽コンクール第1位。L.モーツァルト、ヴィニアフスキ国際コンクール上位入賞。トリエステ国際室内楽コンクール最高位。フォーバル・ストラディヴァリウスコンクールで優勝。欧州、日本全国各地でソロ、室内楽、オーケストラとの共演など活動を展開。2005年創設「コバケンとその仲間たちオーケストラ」コンサートミストレス。秋吉台ミュージックアカデミー講師を務める他、日本音楽コンクール、毎日学生音楽コンクールの審査を務めるなど後進の指導にも力を注いている。 オフィシャルサイトhttp://asukasezaki.com

「献堂式」序曲

作曲:ベートーヴェン

ベートーヴェン(1770~1827)の後期の作品で、晩年の大作、≪ミサ・ソレムニス≫(作品123)と、交響曲第9番(作品125)の間に書かれたものです。ウィーンのヨーゼフシュタット劇場のこけら落とし(1822年10月3日)の祝典劇の序曲として作曲されました。初演もこの日です。

今回の演奏会では、なごみ管弦楽団の第20回という節目を祝うにふさわしいこの曲をオープニングに選びました。序奏はゆったりとしたテンポでハ長調の荘厳な和音で始まり、木管が行進曲風の旋律を優雅に奏で、華やかなトランペットのファンファーレが続きます。主部ではテンポが速くなり、フルート、オーボエと第1ヴァイオリンによる主題と、クラリネットと第2ヴァイオリンによる対旋律が提示され、これらをフーガ主題として展開していき、壮大なクライマックスを築き上げます。

この曲は、≪ミサ・ソレムニス≫のサンクトペテルブルクでの全曲初演(1824年4月7日、ウィーン初演は同年5月7日)に尽力し、この演奏会を大成功に導いたロシアの貴族であり、音楽愛好家であるガリツィン侯爵に献呈されました。


ヴァイオリン協奏曲 第3番(ヴァイオリン:瀬﨑明日香)

作曲:サン=サーンス

今回、瀬﨑明日香さんをソリストとしてお迎えするにあたり、情熱的で感動的な演奏をされる瀬﨑さんにふさわしいこの曲を選びました。シャルル・カミーユ・サン=サーンス(1835~1921)は生まれてすぐに父を亡くし、生みの母と大伯母に育てられました。大伯母は優れた音楽家で、幼いカミーユに音楽を教えました。最初の作曲は3歳5か月の時です。モーツァルトが最初に作曲したのが5歳の時ですから、いかに天才かがわかると思います。10歳でピアニストとしてデビューし、13歳でパリ音楽院に入学し、オルガンや作曲を学びました。18歳で教会のオルガニストとして奉職する傍ら作曲を続けました。1875年、39歳で結婚し、その年末に長男が生まれ、2年後に次男が誕生します。しかし1878年5月、長男が転落事故で亡くなり、その6週間後の7月には次男が肺炎で亡くなります。大変な子供好きだったというサン=サーンスにとって、どれだけつらいことだったか…。そして1881年には妻と別居し、結婚生活は終わりを告げました。このような状況でもサン=サーンスは創作の手を止めることはありませんでした。ヴァイオリン協奏曲第3番は1880年に書かれ、1881年1月2日にパブロ・デ・サラサーテの独奏により初演され、サラサーテに献呈されました。

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ロ短調 2分の2拍子 ロ短調 ソナタ形式独奏ヴァイオリンが、悲劇的な運命に決然と対峙するような力強い主題を奏でます。この主題は管弦楽によって繰り返された後に優しい雰囲気の第2主題が続きます。赤い薔薇のように情熱的な印象の楽章です。

第2楽章 アンダンティーノ・クアジ・アレグレット 変ロ長調、8分の6拍子 ソナタ形式柔らかな雰囲気の下降音型と上昇音型からなる独奏ヴァイオリンの主題が、第1ヴァイオリン、オーボエと引き継がれ、フルートが分散和音で寄り添います。終盤ではカデンツァに続いて独奏ヴァイオリンのハーモニクスがクラリネットを伴って天国的な響きをつくります。凛とした佇まいで、高原に気高く咲く白百合を思わせます。

第3楽章 序奏部:モルト・モデラート・エ・マエストー ソ ロ短調 4分の4拍子 主部:アレグロ・ノン・トロッポ ロ短調 2分の2拍子 結尾 ピウ・アレグロ ロ長調 2分の2拍子 独奏ヴァイオリンの荒々しいカデンツァに管弦楽が猛々しく応えることが繰り返された後、タランテラに似たロンド主題が独奏ヴァイオリンによって示されます。副主題は伸びやかで明るく、生きる喜びと感謝にあふれています。コラール風の中間部はオルガン音楽を想起させます。終盤に向けてテンポも上がって 盛り上がり、中間主題がファンファーレのように再現されて華やかに終わります

交響曲 第5番

作曲:チャイコフスキー

この曲は第2回の演奏会で取り上げていましたが、団員からの再演を強く望む声に応え、メインとして選びました。チャイコフスキー(1840~1893)は、ロシア東部ウラル地方の鉱山都市ヴォトキンスクで生まれました。両親とも職業音楽家ではありませんが、幼い頃から家庭教師を雇い、チャイコフスキーにフランス語やドイツ語、そして音楽を学ばせました。10歳の時に法律学校に入学し、19歳で卒業して法務省に入省し、一等書記官として勤務します。しかし、音楽への想いは断ちがたく、1862年に設立されたサンクトペテルブルク音楽院の第1期生として入学し、1865年に作曲科を最優秀の成績で卒業しました。1866年にモスクワ音楽院に赴任し、音楽理論や和声等を教えます。1876年の終わりごろ、フォン・メック夫人がチャイコフスキーにいくつかの小品を依頼したのをきっかけに二人の交流が始まります。これ以降14年間にわたり、フォン・メック夫人はチャイコフスキーに対して多額の金銭的援助を続けます。交響曲第5番は1888年の5月から8月にかけて書かれました。最初のスケッチには「第1楽章は運命への絶対的服従…疑念、嘆き」「第2楽章は絶望…」とあり、この曲に込められた想いを感じ取ることができます。初演は1888年11月に指揮者自身の指揮によりサンクトペテルブルクで行われました。聴衆からは絶賛されたものの、批評家による評価は芳しくなく、チャイコフスキーは自信を失っていました。フォン・メック夫人にも「あのなかには何か嫌なものがあります…」等と心情を吐露しています。一時はこの曲を「火の中に放り込もうかと思った」ほどで、いくつかのカットを含む改訂を試み、第4楽章にシンバルの一打を加えるべきとの考えに至りました。翌年、モスクワとハンブルクでの作曲家自身の指揮による演奏は大好評で、自信を取り戻すことができました。この曲は1888年のヨーロッパ演奏旅行の際にハンブルク公演を招聘し、チャイコフスキーと友情を結んだ現地の重鎮、テオドール・アヴェ=ラルマンに献呈されました

第1楽章 序奏部 アンダンテ ホ短調 4分の4拍 子 主部 アレグロ・コン・アニマ ホ短調 8分の6拍子 ソナタ形式 冒頭にクラリネットが重々しく「運命の動機」を奏でます。この動機は形を変えながら全楽章に現れます。主部の第1主題は民謡調の暗い旋律がクラリネットとファゴットによってオクターブで示されます。続いてロ短調の流れるような第2主題が現れ、ニ長調の副次主題が下降音型でやわらかく歌われた後に展開部でクライマックスに至ります。再現部は第1主題を執拗に繰り返すコーダで寂しく終わります。

第2楽章 アンダンテ・カンタービレ・コン・アルクーナ・リチェンツァ(多少の自由さを持つアンダンテ・カンタービレ) 8分の12拍子 ニ長調 三部形式弦の導入に引き続き、ホルンが甘美な主旋律を歌い、続いてオーボエが副次旋律を奏でます。中間部は少しテンポが上がり、クラリネットが寂しげな旋律を提示し、ファゴットがそれを引き継ぎ、盛り上がったところで「運命の動機」が激しく鳴り響きます。再現部は元のテンポに戻り、弦のピッツィカートに引き続いて第1ヴァイオリンが主旋律を奏でた後に最高潮に達するとふたたび「運命の動機」がトロンボーンによって激しく鳴り響きます。終結部は静かになり、弦楽器による副次旋律が余韻を残して消えていくようにして終わります。

第3楽章 ワルツ:アレグロ・モデラート イ長調 4分の3拍子 三部形式第1ヴァイオリンによって、夢見るような可憐で優 美な主題が示されます。中間部は小刻みな音型が印象的です。終結部はクラリネットによる「運命の主題」が忍び寄る影のように現れ、夢を現実に引き戻すかのようです。

第4楽章 フィナーレ:序奏部 アンダンテ・マエストーソ ホ長調 4分の4拍子 主部 アレグロ・ヴィヴァーチェ ホ短調 2分の2拍子 ロンド・ソナタ形式 序奏部は弦楽器によって「運命の動機」が長調で荘厳に演奏され、木管楽器、トランペットに引き継がれ、コラール風に経過します。主部は急速にテンポが上がり、ホ短調の第1主題が弦楽器により強烈に提示され、木管が流れるようなイ長調の第2主題を奏でます。大いに盛り上がったところで金管が「運命の動機」を高らかに吹き鳴らし、展開部を経て再現部へと進みます。第1主題はホ短調、第2主題は嬰ハ長調で提示されます。壮大なクライマックスとなり、ティンパニの連打に引き続き終結部に進み、「運命の主題」が堂々と鳴り響きます。それは過酷な運命に打ち勝つ喜びを表しているかのようです。

20回演奏会に寄せて

◇山内響子さんとなごみ管弦楽団

なごみ管弦楽団は、クラリネットの山内響子さんが設立者となり、2006年に活動を開始しました。私が山内さんと知り合ったのは2005年に行われた、ネット公募で第九を演奏するイベントで、指揮者とクラリネット奏者として知り合いました。山内さんは、小林研一郎先生率いる「コバケンとその仲間たちオーケストラ」の設立メンバーでもあり、瀬﨑明日香さんがこのオケのコンサートミストレスをつとめています。私をはじめ、なごみ管弦楽団の数名の団員もこのオケに参加しています。山内さんには多くのご縁をつないでいただきました。

山内さんが提唱したなごみ管弦楽団のコンセプトは「名曲を楽しく、なごやかに演奏すること」で、今でもそれは変わりません。設立当初の目標は「ベートーヴェンの交響曲を全て演奏する」ことで、第1回の演奏会では第5番の交響曲を演奏しました。設立直後は、合奏に集まる人も10名前後で、足りない楽器の音を他の楽器で代奏していましたが、ここ数年は団員数も出席率も充実してきました。

2020年に始まったコロナ禍において、緊急事態宣言が発出され、外出が制限されたり、施設の貸し出しが中止されたりするなど、アマオケの活動に大きな影響がありました。なごみ管弦楽団においては、事務局長の指示により、製薬会社に勤務する妻がコロナ対策の司令塔となり、ガイドラインに基づく感染防止対策を徹底し、団員の安全を確保する一方で、コロナ禍でも活動を続けることに団外の関係者の理解を得られるような活動方針を策定しました。そのため、なごみ管弦楽団は、コロナ禍においても、さほど大きな影響を受けることなく活動を継続することができました。その間、他の団体で活動が制限されている方々が、活動の場を求めてなごみ管弦楽団に入団してくださいました。

今までの演奏会を振り返って、最も感慨深いのは、やはり第9回の演奏会で第九を演奏して、ベートーヴェンの交響曲を全て演奏できたことです。この演奏会のために特別に合唱団を結成し、団員の家族や親族、関係者も総出で、温かい演奏会を作り上げました。その頃には山内さんは進行性の病と闘いながらもステージに立っていました。山内さんは、薬剤師という仕事に誇りを持って取り組んでいましたが、病気のために辞めることになりました。しかし、音楽だけは手放さず、少しずつ身体の自由がきかなくなりながらも、精一杯、なごみ管弦楽団の運営とクラリネットの演奏に取り組んでいました。

山内さん。私はもう貴女の年齢を追い越してしまいました。あの時立ち上げたこの楽団も、遂に20年に達しましたよ。瀬﨑明日香さんも来てくれました。今日の演奏を、どうか見守っていてくださいね。(柳橋明徳)


◇山内さんの思い出

mixiってあったじゃないですか?20年前、私の人 生初のSNS。おーなんか知り合いっぽい人がたくさん…そこへ、 一通のダイレクトメッセージが。初めまして、駒35の山内響子と申します(駒○はうちの高校の何期生的なやつね)。あなたは駒41、駒フィル(管弦楽部)でヴィオラでしたね(あ、はい)。駒41は定演で運命(ベートーヴェン交響曲第五番、言うまでもないが)をやってますね(はい、確か)、ということは、あなたは運命が弾けるはずです(は?)。このたび私は、アマチュアオーケストラを立ち上げ、その第一回定期演奏会で運命をやることに致しました。よって、あなたも参加して運命のヴィオラを弾くようお願い申し上げます。

…このひと、ヤバない?私はヴィオラはとっくにやめており、たまたま私の夫はヴィオラの現役で、あなた、貞淑な私がSNSなんてチャラいもんに手を出してごめんなさいヤバい人に絡まれてます楽器を持って一緒に指定の練習場所に着いてきてくださいSNS怖いデス、と泣きついた。面識のない人間を楽器持参指定で呼びつけるヤバい人・山内響子さんはクラリネット奏者で、某韓国人女子プロゴルファーに似ており、アマオケを立ち上げちゃうっぽい強い意志をその目に凛と湛えていた。果たして夫は初対面の山内さんにその場でヴィオラの首席に任命され、私はブランク埋めのレッスンを手配する羽目に。当時幼稚園と低学年だった子ども達を練習場所に同行することを条件に、私達夫婦はこの楽団の第一期団員となった

それから10余年、高校生と大学生になった子ども達は、幼少期にオケ練に連れ回されたせいか音楽系の部活動に明け暮れる青春を送っていたが、その頃、私達は山内さんと永遠の別れを経験する。重い難病だった。

でも、山内さんのオケは残った。皆で遺した。あの日首席を押し付けられた夫が事務局長に手を挙げた。山内さんがあらゆる手段で集めた皆が「仲間」になっていた。さらに年月が経ち、あの頃はガラケーが主流だったなと、私はSNSの膨大な海に山内さんの面影を探す。もしかしたら彼女のいるどこかに繋がっているかもしれない。子ども達は就職や結婚を経てなおバリバリのアマチュア音楽家となり大勢の仲間達に囲まれている。その中に若き日の山内さんや私の影もそっと混じっているかもしれない。

山内さん、今年、なごみ管弦楽団は創設20周年ですよ、ミューザ川崎ですよ、憧れの瀬﨑明日香さんがソリストですよ、と、ダイレクトメッセージが送りたくて、スマホを空にかざす。会いたいです、山内さん。(稲垣ちひろ)

演奏会データ

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